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腎臓病・・・。この難敵とどう戦うか!(武蔵小山温泉健康ブログ)


久しぶりの健康ブログです・・・。じつは父親は糖尿病から腎臓不全となり人工透析となりました。ちょうど建て替えの時期にあたり、千葉の東金に引っ越していたのですが、(父母)たまに遊びに行ったときは、週3回の送り迎えを母の代わりに東金の透析病院まで連れていきました。扉を開けるとそこには、ほとんど肌の色がくすんだ色をしていたのです。いわゆる土気色という色です。その色の濃淡はある程度の差はあるとはいえ一種の同系色に見え、また、ベッドに行く前の待合室に座っている人たちの年齢はまちまちで、それでも中年以降でしょうか年配の方が多い印象、女性の方もいるその待合室で隣室の蛍光灯が必要以上に真っ白に煌々としている透析室で看護士さんの準備が整うまで父が虚ろな目をしながらじっと待っていた姿を今でもはっきりと覚えています。思いのほかその待合室は談笑の場になっていて、友達になる場でもあるようでそこは微笑ましい気もしましたが、隣に座る父に腕のシャントを見るたびに、自分はここには来たくないと思いました。人工透析。それは思いのほか自由だと聞いています。旅行もできる、運動もできる、当然温泉も入れる、普通と変らない。

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でもある一定の自由は奪われてしまうのも事実でしょう。なぜこんなことを書き始めたかというと妻のお義母さんが「人工透析」になってしまったのです。父のみならず妻のお義母さんまでも。だからこの腎臓病にだけはなりたくない。その思いが強くなったのです。いつまでも美味しいものを食べたい。いつまでも美味しいお酒を飲みたい。いつまでも家族で旅行に行きたい。いつまでも健康でいつまでも笑顔でいつまでも家族を笑顔で満たしたい。それなのに自分が「人工透析」・・・。すこしの健康のために知識、すこしの健康のための運動、少しの健康のための食事、日々のほんの少しの摂生、教養、行動が何年、何十年のあいだに大きな差を生むことを身近で見ていた僕に出来ることは家族を守ることであり、自分の健康に全責任をもつことであり、今より「腎臓病」についてむちゃくちゃ勉強しようと決意しています。忘れていましたが僕は「健康運動指導士」であり、健康の源泉、武蔵小山温泉の3代目だということを。出来ることは勉強したことを啓蒙することしかできないかもしれませんがやれるだけのことはやろうと決意しています。それが身近の人間、そして家族を守ることにつながるのですから。

武蔵小山温泉 清水湯若旦那談。