ブログ

コンプレックスは美しさの源泉。(武蔵小山温泉美しくなりたいブログ)


最近、コンプレックスについて考えることが多くなりました。それも思春期の娘をもつ親として、切ないような慈しみたいような気持がわかるような、乗り越えてもらいたいような、そんな誰もが一度は通った道を子供たちも今、通ってるのかと思うと、成長過程での必要な通過儀礼なのかとさえ思えてきます。僕も思春期、青春期はコンペレックスのかたまりだったのです。幼稚園、小学校は別に目立たなくても家族に居場所があるだけで幸せだった気がします。でもある程度大きくなってくると、色々なことが人と違うような気がして、劣等感に蝕まれるようになります。僕の場合は顔がデカイのと、足が短いのがコンプレックスだったんです。今では顔がデカいのは「舞台向き」そして足が短いのは「シークレットブーツはけばいいや」みたいな、で、今はスマップの「世界に一つだけの花」のように俺は俺、人は人、むしろ俺はイケてるとさえ根拠のない自信に溢れています。

DSC_5398

やっぱり女の子は色々あるみたいで、二重がどう、歯並びがどう、でもこれだけは言える。あんたは奥二重だけど二重!俺は一重の目つき悪!あんたはママに似て足長、俺は短足、あんたは八等身だけど俺は五等身(マンガのキャラか!)あんたは可能性のある美人の原石だけど、俺はただのジジイ。ただコンプレックスの波をくぐり抜けてきただけ、そうお前に言えることは「自信をもて」ただそれだけ、勝負は30を過ぎてからなんだよ!むしろ若いころからチヤホヤされていると勉強もせずに可愛いだけで完結しうちゃうから薄っぺらい人間になってしまうから、若いころはそれでいいのだ!それによくよく考えてみれば美活が必要なんだと気が付いた時、間違いなく感謝するのはあんたの家が「武蔵小山温泉」だということに喜びを見出すことは間違いないのだ。そんな原石をそして美しくなる星の元に生まれていたきとに早く気が付き、感謝してください。パパより。

武蔵小山温泉 清水湯若旦那談。

書評「あの日」を読んでみて。(武蔵小山温泉若旦那の思いブログ)


小保方さん、温泉好きなんですよね。兎にも角にものんびり温泉にでもつかって心とカラダを休めてください。うちでよければ貸切で信頼できるご友人、ご家族とでも一緒に入ってもらっても大丈夫です。そして次へのステップ!そう輝ける未来に向かって歩きだすために。そう走り出すために!貸切は気が済むまで何度でも大丈夫です。僕に出来ることはそのぐらいのことしかないのですから。でも応援してあげたい。心ある人々はきっと同じことを思っているはず。小保方さんはひとつも悪くない。「あの日」を読み切って感じたことを正直に言うと、細かいことは気にしないで「あの日」決意した人々のために生きていく。その崇高な生き方を貫いていただきたい。それ以外の枝葉のさざめきや、心ないさざ波は一切気にしないでください。あなたは正しいことをしたのです。心清らかに、ただ人々のために。そして、その信念はまだ燃え尽きていない。むしろくすぶり続ける故にひょっとしたら苦しんでいるのかもしれない。生きるということは理由がある。その理由を小保方さんは知ってるはずです。あなただから出来た人々を幸福にする使命の火種をけっして消さないでください。

第1話②

「あの日」を読んでいて、まだその火種をさらに燃やし光り輝かせる道が残っている予感がするのは僕だけでしょうか。まだまだ、あなたの使命は終わってない。きっと眩しすぎる輝く未来を満身で享受する喜びを億倍に感じるためにあえて天が課した人生の途上でのただ一人だけ立たされた氷上の寒風だったのでしょう。ですが冬はかならず春になります。心が寒ければ僕が温めてあげます。体が寒ければ温泉があります(笑)未来は栄光の輝きで眩く、燦々としている。だからまた心を燃やしてほしい。自分の信念のままに。ただただ自分を信じて、前だけを見て進んでほしい。立場や、身分や、肩書きじゃないでしょう。あなたに使命があればきっと自分が思っている通りの自分になれる。最後の砦のように書いてありましたが早稲田の博士号も関係ない。あなたに相応いのなら、これから世界中の大学から名誉博士号、名誉教授号をもらえるでしょう。日本は島国です。でも、まだ世界には良心は残っているでしょう。少なくとも能力は認めるでしょう。泣いてる場合じゃないですよ。他人の雑言などとやかく言ってる場合じゃないですよ。あなたにはあなたにしか出来ない仕事がある。使命がある。切り開くべき宿命がある。小保方さん。僕は沢山いる信じている人々の中の一人です。戦ってください。人は戦うために生まれてきたのですから、きっとスタップ細胞も戦ってますよ。この世に生まれたいと。生きて生きて生き抜いて、前に進んで進んで進み抜いて、小保方さんらしく生きていることを謳歌してください。絶対に出来る!絶対に勝てる!僕は信じている!

 

武蔵小山温泉 清水湯若旦那談。

森厳なる森に舞う。ヘ(屁)クトパスカル。(武蔵小山温泉雑談ブログ)


先日、ヘ(屁)クトパスカルのブログを書きました。一番受けていたのはうちの奥さまでした。そんな愛する妻も毎朝、ママ友と一緒にランニングをしているのですが、その日はたまたま一人で走っていたそうです。僕と同じように同じ人間、走っているとお腹の調子が良くなってきてしまったらしいのです。その時、思い浮かんだのが、僕の編み出した「ヘクトパスカルおなら放出作戦」!森厳な林試の森の瑞々しい大気が張りつめている中、車が走っていないなか、1ヘクトパスカルの排気量もない中、どうするか悩んだ末、奥さまが思いついたのは、林試の森に生息するあの空を舞う黒い物体、そう鴉(カラス)なのでした。時おり咆哮(ほうこう)するカラスの鳴き声に合わせて放出するしかないと覚悟を決め、その時をまったのです。

DSC_0288

歩幅はやや狭くなり肛門をしぼりながら、不意にでるのをがまんしつつ、カラスの一鳴きに合わせる、最高度の難易度を誇る、ヘクトパスカラーの技を、まさに今か今かと待ち望んだこの瞬間「かあ」「かあ」と鳴きはじめた、「今だ!」と思った瞬間、静寂が森を包んでしまった瞬間、事既に遅し・・・。愛する妻は森厳なる森の大気に3ヘクトパスカルの大音響を放出してしまったのです。黒い物体は飛びたち、奥さまのオナラは林試の森を天に上るように舞っていったのはいうまでもなかったのであります。その時、不幸にもイケメンが真後ろに走っていて鼻がひん曲がったような顔を一瞬したそうです。ちゃんちゃん(終劇)

武蔵小山温泉 清水湯若旦那談。

銭湯パラダイム!(武蔵小山温泉雑談系ブログ)


パラダイスではありません。「パラダイム」です。パラダイムとは枠組とか考え方などをさします。よく業種がちがうことにより「あの人たちとはパラダイムがちがうから」と常套句のように使うことがあります。とくに似て非なるのは権威的な業種たとえば白い巨塔のような世界。僕は個人的に手技療術が好きですし、自然健康法が好きなので、科学万能、医学至上主義的なものにある種の懐疑的な反応をおこしてしまうんです。とくに「仁」もなくただ理屈をこねくり回してばかりいるとそれが医学だといえばいうほど小さく見えてくるものなんです。昔の言葉で「病気は医者が治すのではなく患者が治す」というような諺があります。実際外科的な措置が必要なもの以外はほとんどが自己免疫系や、自己抵抗力が病気のほとんどを駆逐するといっても過言ではありません。あくまでも病気と立ち向かうのは患者自身であり、他の誰でもありません。自己の生命力しかその病疾とたちむかうことができないのです。とくにガンは高齢になるほどにり患する確率が高くなってきます。昔の平均年齢と今の平均年齢の高齢化がある意味、ガンの罹患率の上昇をあげているのは間違いないことでしょう。長生きすることは素晴らしい、だけどその分ガンになる確率も高くなる。

DSC_2282

統計では二人に一人はガンになるといわれています。フィフィフティーフィフティーです。ほとんど運の世界です。なにが原因でガンになったのか、またはならなかったのか説明できないくらいの確率なんです。まさに死への片道切符をもったまま生まれてくる誰もが訪れる死。それほど公平なものはないのですが、ガンになることはほとんど誰にでも訪れることなのかもしれません。だからこそ生きることへの感謝が湧いてくるのであり、健康の大切さが湧いてくるんじゃないでしょうか。金八先生の有名な言葉で「彼も人なり我も人なり」とあります。また「人は人、自分は自分」なんです。権威や理論(理屈)に縛られずに実感、体感、そして実証で健康、そして長生きしていくことが大切なんです。今日も健康の源泉が湧いています。誰もが健康の基盤をつくることができる「天然温泉」で今日も心の奥底から活力と健康を湧きだたせてみてはいかがでしょうか。

武蔵小山温泉 清水湯若旦那談。

(湯守 太郎丸)

ヘ(屁)クトパスカル♪(武蔵小山温泉たのしい健康ブログ)


健康っていいですよね!僕はいつまでも健康でいつづけたい♪皆さま。健康のためになにかしてますか。僕は「スローランニング」をしています。スローランニングとは歩くようなスピードで走る。これとってもいいんです。カラダに負担がかからない、心拍数もあげない、ただ瞑想するかのようにゆっくり走るんです。僕のランニングコースは「かむろ坂上」燦々と太陽の光溢れる一本道、脇を走る車もすくなくて、眩い光の中で走るスローランニングは血行をよくするのか、脳の働きもよくなって色んなことがアイデアとして天からおりてくるようです。でも、ただひとつ困ることがあるんです。それはお腹の調子もよくなってしまうこと、そうオナラがでちゃうんです。それも割合静かな一歩道ですからオナラの音が響いちゃう。大丈夫かな~とおもって「ブッ」っとしたら後ろに綺麗な女性が走っていて「クサッ」って顔をされたことも一度ではなく、その都度「クサッ」!で悶々と悩んでいたところ、スローランニングで走っている時やはり天から降りてきたんです!

DSC_0876

それはオナラの強度を3段階に分けること。そして車の車種を3段階に分けることなんです。車の排気量に応じて、オナラの大きさを3段階に分ける。そう「スカシッペ~ブッぺ」は1ヘクトパスカル、軽自動車の排気音。「プー~ブ、ブー」は2ヘクトパスカル、普通自動車の排気音、3ヘクトパスカルこれは注意が必要です!なんといっても具がでてしまう可能性がある危険なオナラです。「ブリブリブリー!ブリ!」最後のブリッでウ〇コがでている可能性が高い!そしてこの時の車両は救急車のサイレンしか対応できないのです。それも後ろからやってきて走り抜いていくときに発生する「ドップラー効果」これが必要なのです。サイレンは「ピーーポーーピーーポーー」と高めに近づいてきます。そして追い抜くときに「ピーポピーポ・・・」と低い音に変化するその一瞬しか3ヘクトパスカルのオナラを消すことはできないのです。まさに神に選ばれた者のみがゆるされるヘクトパスカラーの技なのです・・・・・・・・・。ダッフンダ!

武蔵小山温泉 清水湯若旦那談。

2015!から2016!へ!最高の年を皆々様で迎えましょう!(武蔵小山温泉本年の挨拶ブログ)


今年も大変にお世話になりました!そして本当にありがとうございました!武蔵小山温泉もリニューアルして7年、来年は8年目になります。末広がりの「8」僕の誕生日も8日ついでにいうと1月8日です。甘いもの辛い物なんでも好きですので随時受付していますのでもし誕生日に何かくれるという奇特な方がいましたら、休みなしで武蔵小山温泉は営業していますので宜しくお願い申し上げます。

DSC_0276

さて、武蔵小山も再開発の波がついに覆いかぶさってきました。東口の駅前の繁華街は段階的に姿を消して、新しい街並みが作られていくでしょうか。その余波はパルム商店街の一部も同じように立ち退きそして大きなマンションが立ち、大きな商業スペースができるでしょう。きっとここに何があったかなんて忘れてしまうことでしょう。でもそこに住む武蔵小山の民はいつまでも、いつまでも変らぬ優しさをもって生き抜いていくことでしょう。どんなにマンションだらけになろうがどんなに発展しようが、武蔵小山温泉という心の暖房機があればいつでも人の優しさ、温かさを呼び戻すことができるんじゃないでしょうか。心の灯台、優しさの灯台、人と人をつなげる灯台、そんな地域になくてはならない存在の心にそっと寄りそえる灯台のような温かい銭湯を2016年も続けていきたいと思います。

 

新春!武蔵小山温泉 清水湯若旦那談。

太郎丸式ロングブレスのすすめ(武蔵小山温泉健康ブログ)


最近うちも子どものものまねで五郎丸さんのルーティンが超似ていて笑えます。僕の名前は「太郎」なのでしばらく「太郎丸」にしようかと思います。ちょっと前にはやった「ロングブレス」いわゆる長い呼吸の健康法ですが、当たり前のことが当たり前のように健康にいいのは当たり前の事なのでしょう。背筋をのばす、バランスのいい食事をする、笑う、誰にでも出来る、簡単に出来る、無料で出来るというのはとてもいい健康法の条件であることは間違いないと思います。僕は空手をしているので健康法は空手の稽古もその一つなのですが、古来より続く武道、空手には実に様々な健康になるエッセンスが散りばめられています。そもそも戦う稽古をするのでとてもハードな稽古になります。本来はただ程よく健康になりたいということであればヨガとかスローランニングなどの低心拍数系の運動がおすすめですが、武道にはある意味、その常軌を超えたところに心身ともに頑健になる素養があるように感じます。

DSC_0161

僕自身の体験ですが昔から腰痛持ちだったのです。当然空手をはじめた頃は腰が悪いのでかばいながら稽古していました。ですがある日その痛みの先に乗り越えた自分がいるのではと思い、腰をしっかりいれるように稽古し始めました。すると不思議と腰の痛みが無くなってきたんです。そもそも脊柱起立筋など腰を支える筋肉が知らずに弱っていることが原因で腰が痛かったのかもしれません。慢性だとおもっていた腰は使えば使うほど鍛えるほどに腰痛から乗り越えることができたんです。それも鍛えること言うことの効能です。それがたまたま空手だった、そんな空手には呼吸法があります。それがとてもロングブレスに似ている。僕もまだにロングブレスをしていますが、空手に則った「三戦立ち丹田ロングブレス」です。三戦立ちとは「さんちんだち」と読みます。丹田はへその下にある架空の臓器、この丹田を意識しながら腹式呼吸で空気を吸い込み吐く、手の動きは横隔膜を広げるように動かします。(いつか動画にするつもりです)そして足は三戦立ちで立つ。これが非常にいいのです。腹筋もつきますし、何と言っても循環器能が向上します。足腰の鍛錬にもなりますし、知らず知らず空手の基礎稽古にもなります。軸の作り方にも通じますし、すべてのスポーツが軸が重要なことをかんがえると武道と呼吸法をミックスさせたこの「三戦立ち丹田ロングブレス」略して「太郎丸ロングブレス」と名付けるのはどうでしょう。

武蔵小山温泉 清水湯若旦那談。

優しくなりたいと思った日。(武蔵小山温泉想い系ブログ)


世の中争い事がおおすぎます。人の足元をすくうのが当然の世の中だと錯覚していることがおおすぎます。自由をはきちがえている人がおおすぎます。弱いものいじめがまかり通っています。論理のすり替えがおおすぎます。平等といいつつ不公平がおおすぎます。そして差別も厳然とあります。優しさが弱さの裏返しだったすることがおおすぎます。とうぜん本音と建て前が横行しています。根回しが仕事のひとつだとかんちがいしていることがおおすぎます。後出しじゃんけんして預言者ぶってるひともみたことあります。ばかよばわりするばかがおおすぎます。仁もなく屁理屈ばかりこねているヤブもいるようです。ネットに権利があると錯覚しているひともおおすぎます。自由をはきちがえていることがおおすぎます。平和をあきらめているひとがおおすぎます。おうおうにして目の前のことしかわからない人がおおすぎます。

DSC04386-2

図書館で借りてきたどこかの「読み人知らず」の文章をうるおぼえで抜粋しました。(ちょっと自分の言葉もはいっていますが)

なんだか優しくなりたいと思ってしまいました。風呂は不老に通じ、不老は永遠の生命をあらわし、永遠の生命は過去、現在、未来の三世の生命をあらわし、人の因果の法則をあらわします。いいことをすればいいことがある。わるいことをすればわるいことがある。死んだおばあちゃんが口をすっぱくしてよく言っていました。だれかが「人を変えようとしてもかわらない、自分が変ってこそはじめて何かが変っていく」と文字の氾濫、自分の軸を見失わないようにしないといけない時代ですね。だから強くなくてはいけない、だから毎日のルーティンが必要なのです。それが銭湯での明日への活力でもいいですし、すべてやりきった時のご褒美の銭湯でもいいのです。強い心に優しい心が厳然と芽生えてくるのですから。

武蔵小山温泉 清水湯若旦那談。

孤独の銭湯(武蔵小山温泉雑談系ブログ)


昔やんちゃすぎて皆からはぶんちょ(シカト)されたことがありました。その時なんでもほどほどじゃないといけないなと反省したものです。さて、銭湯は町のコミュニティーであり、仲間と楽しく、また家族と恋人と一つ屋根の下楽しくほっこりと心とカラダを癒しに行く場所なんです。どこの銭湯でも常連さんがいて、必ずと言っていいほどその銭湯しかいかないというこだわりのお客様もいます。みなそれぞれが自分なりの銭湯ライフを楽しんでいるようです。そんな中、ひっそりと温泉と会話するがの如く、じっくりと湯舟のさざ波を見つめながら、温泉入浴を楽しむ方もいるようです。人じゃない自分なんだと、誰にも邪魔されずにただ湯につかる。五感を研ぎ澄まして温泉が肌にしみこんでくるのをじっと感じる。

DSC_2862-2

肩まではいったら血液がじわじわ温まってくるのを感じながら額(ひたい)にじゅわっと汗が噴き出てくるのを感じる。筋肉がゆるんでくるのを感じる。目をつむり、銭湯の湯舟から大海に浮かんでいるような忘我の境地に達することを感じるような様々な自分と向き合いながら温泉につかることを喜びとする「孤独の銭湯」「孤独の入浴」がひょっとしたら本源的な最高の癒しを体得できる入浴なのかもしれません。自分と対話しながら、温泉と対話しながら、カラダの奥底から明日への活力がわいてくるような入浴は最高の孤独の、または忘我の歓喜の入浴なのかもしれません。

武蔵小山温泉 清水湯若旦那談。

すべての人が温泉にはいる理由(武蔵小山温泉ブログ)


すべからずすべての人は平等であり、だれもが幸せになる権利があり、健康になる権利があります。寒風吹きすさぶ日も、孤独を感じる日も、誰もが心をそしてカラダをあたためる権利があります。病気だろうが健康だろうが、すべての事柄には両端のどちらかに動いている過程であり、シーソーのように「良」、「悪」のどちらかに傾こうとしているものと思われます。健康で言えば「健康」「不健康」。経済力で言えば「金持ち」、「貧乏」。人気で言えば「人気者」、「嫌われ者」などなど。その両極端の狭間のなかで右往左往そているのではないでしょうか。

DSC04434-2

それが言葉は違えど「毀誉褒貶」や「運不運」、「天国と地獄」などのあまたの人生ドラマを一人一人が主人公として人生と言う舞台のうえで自分だけの役を舞っているのではないでしょうか。さて、今自分がどんな境遇であろうが、それが悲しかろうが、辛かろうが、病気だろうが武蔵小山温泉の心あたたまる二種類の天然温泉はどんな時でもあなたを温かく迎えるでしょう。そんな誰にでも平等な天然温泉がある庶民派銭湯に心もカラダも温めに来てみてはいかがでしょうか。皆々様のお越しを心よりお待ち申し上げております。

武蔵小山温泉 清水湯若旦那談。